人間の共同性、労働の共同性について

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原とめ群 現状だより 219号-2-2

 

群馬合同労組から、この番組を紹介されました。
02年サッカーワールドカップで大分県中津江村にキャンプしたことで有名になったアフリカのカメルーンの熱帯雨林で生息するバカ族(森を移動する人という意味)という民族がいます。
この民族では多子家族が多く、民族間の子育てにおいて共同養育という仕組みが確立されているのが理由とされています。
 「NHKスペシャル・ママたちが非常事態1」で放映された映像では、仕事で出かけた母親のこどもに対して、こどもを預かった他人の母親が母乳を与えるシーンが映されました。
 他の母親も自分のこどものように育てるこの仕組みが、母親の子育て負担を軽減していることで多くのこどもを授けられると説明されていました。
自分だけでは出来ない積極性
また、女性は妊娠すると、脳の多くの部分が成長し子育てに適して発達する一方、出産後にエストロゲンというホルモンを減少させて、(そのことによりお母さんが孤独感や不安感を抱いて、「産後うつ」は5倍になる)実は周りに対して子育ての協力を自然に頼ることができる働きを促している可能性がある、と番組では指摘していました。
つまり、「自分一人では出来ない」ことは恥ずかしいことではなく、むしろ積極的なことで、「協働=共同性を育てる」ために積極的に人間の体、自然の仕組みはそうなっているのだ、ということです。
 画面が変わって池袋では1万人ものママ友が集まるイベントが開催され、こどもを通じて互いにメール交換などをしていました。実はこのママ友が集まる、という現象は日本独特のもので海外では見られないそうです。
もっとも近い共同養育仲間である夫が育児や家事に参加する時間は欧米と比較しても日本では1時間以上短いことや、ベビーシッターなど共同養育と同様のサービス利用も低いことが、この現象の要因だとされています。
4年前にNHKで放映された 『ヒューマン』
 今回の『ママたちが非常事態』の基礎を成す番組が4年前に放映されています。藤原竜也くんがMCをつとめた『ヒューマンなぜ人間になれたのか』です。 少しご紹介します。
 仲間と協力するのは人間らしいが、協力する生き物は人間だけではない。チンパンジーも群れで生きているので協力しているのではないか。チンパンジーの群れと比べることで人間の協力がわかるとこの番組。なぜチンパンジーで実験するかというと、人間と分かれた兄弟だからだ。チンパンジーと猿人は、700万年前に分かれた。今でさえ遺伝子は1%しか変わらない。
チンパンジーの協力行動を調べるため実験をした。同じ群れのチンパンジーを隣り合った部屋にいれ、1匹の部屋から少し離れた手の届かない場所にジュースを置く。隣の部屋にステッキを置き、窓をつけてものをやりとりができるようにする。1匹がステッキに目をつけ貸してくれと手を伸ばすとようやくもう1匹がステッキを渡しジュースをとることができた。数日後に全く同じ実験をしても、今回もう1匹のチンパンジーがステッキを渡さない。貸してくれという行動を起こさないとステッキを渡さない。前回ステッキを渡したお返しがないので、今回渡さないかといわれればそうでもない。ちゃんと貸してくれという行動を起こすとやはりステッキを渡す。明示的に要求されない限り、自発的に渡さない。他人は他人、自分は自分という形でチンパンジーは生きている。
産道に違いが
 自ら進んで協力することはないチンパンジー。人間とチンパンジーの違いはどこにあるのか。巨大な脳に違いがあるわけではなく、なんと骨盤に違いがあるという。チンパンジーとくらべると人間の骨盤は横長になっている。骨盤が人間の出産方法に大きな違いを産んだ。
 骨盤は産道の形を決める。横長なので胎児の頭と肩をうまく回転させないと産むことができない。人間の出産は難産で介助の人がいないとできない。
 人間は子供を生むことからして協力が必要。チンパンジーはその点、誰の手も借りずに母親が1人で産んで1人で育てる。 人間は2足歩行に有利なように進化して、骨盤の形も横長で狭くなった。これによる出産の制約こそが協力しあうという人間独自の歩みを決めた。協力しないと子孫を残せない状況に追い込まれた。産道が狭いため、小さく産まれる人間は、一人前に成長するために長い時間がかかる。手助けの内容も子供の成長と共に変化する。時には年長者が先回りして助けることも必要であり、このために人間は自発的に協力するようになった。
以下4部まで続きますが、また。
原発のない社会を作る土台
 上記に見た、「夫が育児や家事に参加する時間」(したがって、夫の賃金や妻の労働条件も)なども、直接に労働運動の課題
なのですが、そこから少し離れても「生きる」ことの根底的な意義(大事さ)をおさえていくことも大事だと思います。
あらゆる人間の生存にとっての第1の前提は生きることです。生きるために必要なこと、つまり食べること、飲むこと、住むこと(寝る・着るも含めて)などの物質的な生活の生産です。これが第一。皆さんが(自分が)いま生きていることの価値を徹底的にはっきりさせましょう。自分を大事に生きることは、他者を大事にする第一歩です。
第2に、欲求の再生産です。
生きるために必要な物を、自然に働きかけて(労働して)生む、作っていくことです。この労働をとおして、人間が人間になって(成長する)いきます。
第3に「他人の生産」です。「生」は「性」でもあり、人間的な生きる喜びです。これらの3つは異なる段階ではなく社会的な活動の3つの側面であって、すべて第1の歴史的行為です。
第4に、こうした生活の生産は協働として、つまり人間は社会を構成し活動し生活しています。
さきほどみたNHK番組でも、第三の繁殖も共同性を育む位置を持ち、共同性抜きには人類は滅びることを示しており、共同性こそ人間の人間たる特質です。 その共同性をもって労働者人民が仕事(労働)を奪い返して責任を持つ社会を作りましょう。
 被ばく労働拒否を闘う労働組合だけが、安全に、かつ責任を持って原発をなくせるからです。

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